2025年4月に開幕した大阪・関西万博のシンボルとして注目が集まる「大屋根リング」。ギネスにも認定された、世界最大の木造建築物がどのようにしてつくられたのか、プロジェクトの一員として木材加工に携わった株式会社ミヨシ産業の社員さんにインタビュー! 前編では、巨大プロジェクトの裏側でどんな挑戦があったのかを伺いました。
ミヨシ産業株式会社 プレカット事業部 取締役部長
高野 肇之(こうの としゆき)さん
オペレーターとして中途入社後、管理部門や営業など幅広く経験し現職に。建築の面白さに惹かれ、新技術にも果敢に挑戦を続ける。
ミヨシ産業株式会社 プレカット事業部 次長
分倉 聡哉(ぶくら そうや)さん
住宅のCADオペレーターとして中途入社後、プレカット工場CADの責任者を経て、現在はCLTプレカット工場の責任者を務める。前職は自動車整備士。
ミヨシ産業株式会社 プレカット事業部
濱田 崚介(はまだ りょうすけ)さん
高校の建築科を卒業後、木材への興味から2016年に新卒入社。木の種類や特性を学びながら、毎日ものづくりの面白さを感じている。
ミヨシ産業株式会社 プレカット事業部
長尾 流伊(ながお るい)さん
高校卒業後、2021年に新卒で入社。木材加工の現場で技術を学ぶこと4年、若手が中心となって事業を盛り上げたいと奮闘中。
世界最大!あの「大屋根リング」は、どうやって作られた?
株式会社ミヨシ産業について
1967年創業、米子市の本社に加えて鳥取・島根・岡山・広島に拠点を持つ会社です。建築資材の卸売を基盤に、「住宅産業に関わること」を主軸に事業領域を拡げ、近年はCLTを活用した非住宅木造建築にも注力。2018年には鳥取CLTを設立し、県産材を用いたCLT製造と販売を推進しています。今回のプロジェクトでは、通常住宅用の木材や外壁を加工しているプレカット工場と、CLTプレカット工場の2工場で加工を担当しました。
CLTとは
木材を縦と横に交互に重ねた集成材の一種で、分厚いパネル状の建材。耐震・耐久性にすぐれ、大規模施設にも広く活用されている。環境負荷が小さく、森林保全にもつながる建材として注目が高まっている。
──「大屋根リング」プロジェクトの概要を簡単に教えてください。
高野さん:外径2キロメートルの大屋根リングに使われる資材のうち、屋根材の一部と柱に通す「貫材(ぬきざい)」の約2/3を当社で担当しました。プレカット工場では、累計約1万3,000立米(りゅうべい:㎥)を加工しました。
大屋根リングの貫材
写真の矢印部分を含め高さの違う縦横材はすべて貫材です
分倉さん: 2022年にCLTプレカット工場を開設し、試行錯誤を重ねてノウハウを蓄積してきたところに、万博のプロジェクトが舞い込んできたんです。本当にいいタイミングだったと思います。
──プレカット工場とCLTプレカット工場では、加工する木材にどのような違いがあるのですか?
高野さん:プレカット工場では、主に住宅用の木材を加工しています。CLTに比べると、よりスピード感が求められるのが特徴ですね。
分倉さん:CLTプレカット工場の特殊加工機は決まった規格がない分、どんな形でも自在に加工できるのが強みです。ただ、そのぶん加工のスピードは少し落ちます。過去には、ラグビーボール型の保育園舎を手がけたこともありました。
通常の加工機では作れないような、シンボリックな建造物の加工を担当することが多いですね。「自分達に作れないものはない」という気持ちで、多くの案件にチャレンジしてきました。
──貴社がどのような経緯でプロジェクトに携わることになったのかを教えてください。
分倉さん:スーパーゼネコンの下請けをされていた岡山県の銘建工業様からお声がけをいただいたのがきっかけです。リングに使われる木材は特殊加工機でないと対応できない加工が多く、全国的にもそうした設備を持つ業者は限られています。そのため、全国の企業がそれぞれの得意分野を活かして協力体制が取られました。当社は2022年にCLTプレカット工場を開設し、特殊加工機を持っていたため、今回のプロジェクトに参加することになりました。
──プロジェクトには、どれくらいのメンバーが関わったのですか?
高野さん:プレカット工場では、所属する機械オペレーター約20名全員が作業に携わりました。1年間かけて一つのものを作り上げるのは初めての経験でしたし、これまでにない規模と期間の挑戦になりました。
分倉さん:プレカットは本数も多いだけに、関わる人数も多かったですよね。CLTプレカット工場では私を含め4名が担当しました。
現場の担当者が語る、木材加工の裏側とは?
──通常の木材加工との違いや特徴的だったこと、工夫したポイントなどを教えてください。
高野さん:本数が多い上に、ユニットごとに加工内容や作業手順が異なるのが大変でしたね。各工区や要求に合わせて調整しながら、ジャストインタイムで現場に届けられるよう、納品書や寸法、スケジュールの管理を徹底しました。銘建工業様とのやり取りには「ラインワークス」というビジネスチャットツールを活用し、正確な情報共有を図ることで、複雑な工程をスムーズに進めることができました。
濱田さん:一般住宅用の木材と比べて、大屋根リングの加工は深く穴を空ける分、木くずが大量に出ました。1本加工するだけでも木くずが大量に出て加工機が止まってしまうことがあったため、加工機に常にエアーを当てて木くずを飛ばす工夫を重ねました。それに、刃物の交換ペースが通常より早かったですね。
長尾さん:リングに使う杉材は傷がつきやすく、重みでレールの跡がついたり、倒れて傷がついたりすることがありました。水で膨らませて凹みを直したり、倒れないように人を付けてチェックしたりと、トライアンドエラーの繰り返しでしたね。大変な作業でしたが、やっていくうちに楽しさも感じられるようになりました。
分倉さん:化粧材(仕上げ面として表に見える材)なので、一つの傷もつけてはいけないという思いでやっていました。機械が壊れたときには、丸鋸とチェーンソーを使って自分が手削りしたのですが、それを見たゼネコンさんから「機械で削るよりも綺麗ですね!」と言われて、少し誇らしかったです。
高野さん:分倉さんは本当に器用ですよね!うちの工場でも、スリット(溝)が浅くて金物が入らないときは手で削っていました。皆、すごく扱いには気を遣っていましたよね、木だけに(笑)。大屋根リングのプロジェクトを通して新たなチャレンジを重ねる中で、調整力や技術力も格段に上がったと感じています。
──完成した大屋根リングを見て、どんなことを感じましたか?
長尾さん:想像していたよりも遥かに大きかったです!リングの構造を細かく見るとすごく入り組んでいて、自分がここに携わったんだなと実感できました。
濱田さん:作業中は加工した木材だけを見ていたので、正直どれくらい大きなものを作っているのか実感が湧かなかったんです。実際に組み上がったリングを見て、自分達はすごいものを作っていたんだなと改めて思いました。
高野さん:私はまだ見に行けていないのですが、ミヨシ産業の技術力を見ていただく良いきっかけになったと感じています。それこそ、子や孫の世代にも「おじいちゃんがあれを作ったんだよ」って誇れる仕事ですよね。
──万博終了後、使われた木材を再利用するというお話もありますが、加工の現場でもその後の再利用を意識して作業したりしていたのでしょうか?
高野さん:東京オリンピックの選手村では加工材を各県に戻して公園の遊具やベンチにしたそうですが、今回は木材の量が遥かに多いですからね。有識者による再利用プロジェクトも進んでいると聞いています。
──今回の万博プロジェクトを通じて、改めて感じた木材加工へのこだわりや、大切にしていることを教えてください。
高野さん:プレカット工場は平成6年に立ち上げて30年ほどの歴史があります。無垢材を多く扱っているので、木を見る目や経験値には自信があり、それが工場としてのこだわりでもあります。
ただ技術や考え方の源流はもっと古く、大工さんから口伝えで学んだものが中心です。日本には在来軸組工法という確立された工法があり、そのルーツをたどると法隆寺などに行き着くんです。1300年という長い歴史の中で、職人たちによって連綿と受け継がれてきた知恵や技術を、私たちは機械化によって形にしています。
濱田さん:東京スカイツリーの柱の構造が、昔の建築技術に通じていると知ったときは、本当に驚きましたね。以前、社員旅行で奈良や京都の寺院を訪れたときも、構造や技術の歴史に思いを馳せました。おそらく、一般の観光客とは違う視点で建物を見ていたんじゃないかと思います(笑)。そうした奥深さこそが、この仕事の面白いところだと感じます。
後編では、万博プロジェクトを通して考えるこれからの「まちづくり」についてお話を伺いました。
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